2018年度
第364回ガスクロマトグラフィー研究懇談会 講演会・見学会 開催
報告見学場所(独)奈良文化財研究所
「古代史の解明に貢献する分析化学」という副題を付けた標題の研究会が、去る4月19日(金)に同研究所 平城宮跡資料館大講堂で開催された。
古都大和西大寺での開催であり、参加者数が心配されたが、予想に反して約70人と盛況であった。関東など遠方からの参加者も多かった。12世紀半の長きにわたり人々が守り繋いできた正倉院宝物と、天平時代のタイムカプセルである出土品のロマンが、多くの人を誘ったのかもしれない。
オープニングは、(元)宮内庁正倉院事務所長 杉本 一樹先生による「地上の正倉院宝物— 伝世品への多面的なアプローチ 」と題するご講演であった。
杉本先生は東大寺正倉の勅封扉の開閉や、その9000点を超える宝物や記録文書、60種以上の生薬・香料類の管理/調査研究に携わって来られたとのこと。正倉院を語ることのできる最適任者であると感じた。紹介された多くの宝物の写真の中に、光明皇后直筆という美しい国家珍宝帳があった。皇后の姿を写したという仏像や絵画は多いが、その墨筆から相当な才色兼備であることが感じられた。
正倉院宝物は、聖武天皇崩御後の756年6月に光明皇后が最初に献物を入倉したのが始まりとされている。南都焼き打ちなど多くの事件・動乱から守られてきた宝物は、平成の世は杉本氏はじめ15人の正倉院職員で繋いでこられたとのこと、頭の下がる思いがした。
地上の宝物の後は、出土品から古代の生活や文化、交易を紐解く研究のご講演であった。平城宮・京跡は地下水位が高く、粘土質の嫌気状態で遺物が埋没しているため、その保存の状態は良いそうである。
奈文研都城発掘調査部上席研究員神野 恵先生の「古代日本の油・脂・漆・膠ー考古学的手法の限界と化学分析の可能性ー」では、実際の出土土器が会場の後に陳列された。僅かに残る付着物をどの様にすれば分析できるか、参加者とディスカッションするためである。標題の油や漆、膠は税として平城京へ集められたとの事。律令制度が生まれ中央集権が進むとともに、様々な道具の開発や技術・文化の発展が急速に進んだ時代だったのであろう。当時の記録によれば胡麻油、荏油、麻子油、イヌザンショウ油など7種の植物油が用いられていたことが確認され、現代では珍しいイヌザンショウ油は、祭祀の灯明や馬に使用していたのではないかと話されていた。
最後のご講演は、奈文研国際遺跡研究室室長庄田慎矢先生の「クロマトグラフィーが切り開くミクロ考古学の世界」であった。文字通り、顕微鏡レベルを超えたミクロの世界の考古学的研究についての講演であった。たとえば、遺跡から出土した土器の胎土内に残存している有機物を抽出し、ガスクロマトグラフィーによってさまざまなバイオマーカーの検出を試みており、Miliacinというキビに特有のマーカーの検出事例などが紹介された。また、個別脂肪酸の炭素安定同位体比測定をすることにより、土器による調理内容が地域や時期により明確に異なることも示された。現在は、極少量の土器粉末にテトラメチルアンモニウムを添加しての誘導体化熱分解GCと、ほぼ非破壊で測定できるDART-MS法に興味を持たれているとのことであった。休憩中も、土器片を前にしての分析法の熱心なディスカッションが続いていた。
見学は、広大な平城京跡に再建された大極殿から始まった。内部には御簾と高御座が置かれており、ちょうど平成から令和への話題と重なった。その後、大極殿東側の、嵯峨天皇に譲位した後に奈良に戻った平城上皇の住居跡との関連が想定されている発掘現場に案内された。素人には分かりにくいが、僅かな土砂の色の違いなどを解説されるたびに見学者から歓声が上がった。再建中の南大門の工事現場でも、ちょうど巨大な主柱材が重機で吊り上げられており、歓声が上がっていた。晴天にも恵まれた見学会であった。遅咲きの八重桜を散らしていた平城京の南風は心地よかった。
少し汗をかいた後の意見交換会場には、生駒、葛城、春日など奈良各地の蔵元の銘酒が置かれていた。奈良は、日本酒(清酒)発祥の地で、小さな酒蔵が多いとのこと。どれも特長があり甲乙つけがたかった。平城京にも 造酒司(ミキノツカサ)があったとのこと、古代に思いを馳せながらの分析談義は遅くまで続いた。参加者は、警察、大学、国研、受託分析、メーカーなど多岐にわたっていた。
専門の異なる研究者の情報交換やヒューマンネットワークは重要であり、今後も継続したいとGC懇委員長(長崎国際大)佐藤先生は結んだ。世話役の(奈文研)庄田先生、(東京工芸大)秋山委員、(元サントリー生命財団)小村委員にこの場を借りて御礼申し上げたい。
(阪大) 古野正浩
講演会場風景
講演会場風景
神野先生の貴重な資料を前にディスカッション
平城京大極殿前
平城京発掘現場
第362回ガスクロマトグラフィー研究懇談会特別講演会開催報告
2018年12月5日(水)、北とぴあ飛鳥ホール(東京都北区)にて第362回ガスクロマトグラフィー研究懇談会特別講演会が開催された。本研究懇談会では毎年の年末時期に特別講演会を催しており、今年度は「豊かで快適な生活を支えるガスクロマトグラフィー‐身近なにおいを科学する‐」のテーマが掲げられた。プログラムは以下に示すように主題講演5題や技術講演8題のほか、1題の国際学会報告という盛沢山な内容ということもあり、参加者は215名と盛況であり、中には遠方からの参加者も含まれ、におい関連のテーマへの関心の高さが印象付けられた。
講演題目と演者は、ビールの香り:その‘構造’を解き明かす〜76香気成分によるビールの香りの再構築〜(アサヒビール)岸本徹、茶製造技術開発におけるGCの利用〜香り緑茶の開発〜(静岡県農林技術研究所)勝野剛、マンダム社の体臭研究の知見と製品の香りについて(マンダム)澤田真希、食品・農作物の加熱評価としての香気成分分析とメタボローム解析(慶應義塾大学)若山正隆、香りによる柑橘品種の分類 (山口大学)赤壁善彦で、関連する技術講演としてDART-MSを用いたリアルタイムフレーバーリリース/レトロネーザル香気成分分析 (エーエムアール)坂倉幹始、SPME-GC/MSを用いた食品中オフフレーバー分析の紹介 (アジレント・テクノロジー)姉川彩、AEIイオン源における異臭成分の定性感度 (サーモフィッシャーサイエンティフィック)土屋文彦、GC-TOFMSを用いた生活の中のさまざまな臭いの網羅的解析 (LECOジャパン)樺島文恵、新規捕集剤ソルブスター用いた分析事例の紹介 (アステック)中台遼平、イオン液体を液相に用いたユニークなGCカラム(シグマアルドリッチジャパン)植田泰輔 、GC/EI及びGC/ソフトイオン化法を用いた統合解析手法の開発と応用例 (日本電子)生方正章 、食品に関わるにおい分析事例のご紹介(島津製作所)牧岡慎吾が紹介された。
国際会議報告は42nd International Symposium on Capillary Chromatography and 15th GCxGC Symposiumレポート (アナリティクセンス) 羽田三奈子で日本からの参加を呼びかけた。
主題講演においては、新製品開発や品質管理などを目的とした香気成分や臭気成分の研究について具体的な取り組みをご講演いただき、測定結果と官能的結果との複雑な関連性や香気に寄与する化合物を探るうえでの難しさや奥深さが感じられた。また、香りの分析結果が植物の分類やメタボローム解析などとリンクし、さらにそれに基づく商品開発へつながる可能性が示唆され、ガスクロマトグラフィーの社会への貢献の一端を窺い知ることができた。その他に装置関連メーカー各社による技術講演においては、香気成分の経時変化のモニタリング、複雑で多数に及ぶ検出化合物の解析手法、微量成分の追跡のための高感度検出、質量スペクトルライブラリ未登録の化合物の解析、試料濃縮導入方法の紹介など多岐にわたる話題について新たなアプローチ手法の紹介がなされた。講演会終了後には、講演者を囲みながら約80名の参加者のもと意見交換会が行われ、親睦を深めつつ有意義な情報交換がなされた。
最後に、本講演会の開催にあたり、ご講演をご快諾していただきました講師の皆様、ご来場いただきました皆様に深く御礼を申し上げます。
(地独)東京都立産業技術研究センター 木下健司
第24回ガスクロマトグラフィー研究懇談会「キャピラリーガスクロマトグラフィー講習会」開催報告
GC研究懇談会では年次活動の一つとして、キャピラリーGC分析に携わられる方に対し分析技術を習得いただくための基礎講習である「キャピラリーガスクロマトグラフィー講習会(以下CGC講習会)」を実施しております。今年も麻布大学のご厚意で実習会場を提供いただき、8月1日(水)〜3日(金)に開催いたしました。
CGC講習会は、「基礎と応用(アプリケーション)」をテーマにキャピラリーガスクロマトグラフィーの基礎項目についての講義と、基礎技術及び実際のアプリケーション実習で構成されます。今回のアプリケーション実習では、近年様々な業界で関心の高まっている「匂い・異臭」をテーマとし、前処理から試料導入、分離、検出と体得いただけるプログラムで開催いたしました。
24回目となる今年は、初日の講義のみに参加された方が5名、実習もあわせて3日間参加された方が19名と、総数24名に受講いただきました。昨年から始めた学生が参加しやすい仕組みも効果を発揮して参加者が増加いたしました。 初日の講義では、保母先生による基礎理論に続き、各委員より分離、試料導入、検出器、GC/MSおよびマススペクトル解析について講演いただきました。副読本として配布いたしました「役に立つガスクロ分析」も参考に、二日目以降の実習に即した内容で行われました。
二日目からは4グループに分かれ、試料注入法、分離の最適化、異なる検出器での異臭成分測定、およびGC/MSによる異臭成分測定について実習を行いました。最近では機器の自動化も進み、注入操作の経験のない方も多数いらっしゃいましたが、基本操作を体験いただくことで一層理解も深まると考え、マイクロシリンジおよびガスタイトシリンジによるマニュアル注入にもトライしていただきました。「自動化」や「省力化」は、これまでも、これからもニーズが高まることは間違いありませんが、機器を正しく取り扱う上で装置がブラックボックス化してしまうのは必ずしも好ましいことではないと考えます。きちんと仕組みを理解した上でより的確な分析を行っていただく意味でも、参加者各位には貴重な経験となったかと思います。
GC懇としては、今後もこの講習会を継続し、GC分析技術の展開と発展を目指したいと考えております。 今回も定期試験中でご多忙の中、麻布大学の高木先生、杉田先生、久松先生には会場準備から各種手配、実施までご尽力いただき、誠にありがとうございました。また、講習会のアレンジをしていただいた杉田先生、講義と実習を担当して頂いた運営委員並びに講師派遣と機材提供頂いた企業の方々の協力に感謝いたします。今回は異常ともいえる猛暑の中、遠方からも多数参加いただけたことに感謝申し上げます。
ガスクロマトグラフィー研究懇談会副委員長
アジレント・テクノロジー(株) 川上 肇
第358回ガスクロマトグラフィー研究会 講演会・見学会開催報告ー(一社) 日本海事検定協会ー
今年の研究会/見学会は,一般社団法人日本海事検定協会で開催された。梅雨明けの猛暑にも関わらず,およそ60名の方の参加があった。今回、見学させていただいた一般社団法人日本海事検定協会 分析センターは、横浜市の南端である金沢区に位置し,協会創立100周年記念事業の一環として2014年に新築され,輸出入に係る通関分析をはじめとする検査検定,異物分析,科学的手法を用いたトラブル原因調査,食品中の残留農薬試験や遺伝子検査,衛生ロスプリベンション(衛生管理によるリスクの排除)まで幅広く行っており,普段経験できないような話を聞くことができた。
講演の部では,藤井健二氏から「ガソリン成分の分析における国内・海外規格の比較」の発表があった。日本は燃料の多くを海外に依存するため,成分の分析は非常に重要であり、ガソリンは200種類以上の炭化水素の混合物であることから,全成分分析に100mの無極性カラムを用いて,1検体3時間かけて分離分析していることに感銘を受けた。軽油中のオレフィンや芳香族炭化水素の分析には,移動相として二酸化炭素を用いた超臨界流体クロマトグラフィーを用いており、最先端のクロマトグラフ手法ルーチンワークに取り入れている高い技術力を感じた。
引き続き山口範章氏より,「燃料電池自動車の水素燃料規格分析」の講演があった。すでに燃料電池自動車は販売されており,水素はクリーンで環境に優しいガスとして近年注目されている。燃料電池自動車は一回の充填で750kmの航続距離があり、ガソリン車に匹敵する。水素を充填するステーションは現在100ヶ所ほどが日本各地に設置されており,今後さらに多くの充填所の建設が予定されているということであった。水素は様々な方法から工業的に生産されており,99.97%という非常に高い純度が要求されている。このような水素規格を満たしていることを証明するためにも,ガスクロマトグラフィーが役に立っていることもわかった。
三題目の講演は池谷千栄子氏から,「ガスクロマトグラフィー/安定同位体質量分析計の利用例」と題して,安定同位体分析の食品への応用に関する講演があった。植物の種類により光合成の代謝系において炭素の安定同位体比に違いが生じることから,日本酒に米以外の原料から醸造されたアルコールが添加されたかを同位体分析で判別することができる。この方法を用いると落花生の産地判別などにも応用することができるため,私たちの身近な食品の産地偽装の解明にも一役買っているとの報告があった。
最後は人見朋子氏による,「GCxGCの分析事例,科学的手法によるトラブル原因調査」の講演であった。スラッジを生成し易い燃料油に含まれる高分子化合物の分子量分布を電界脱離イオン化法によるGCxGC-TOF/MSで測定することで,燃料油によるスラッジ生成特性を明らかにし,さらに原油の分析にも応用していた。また様々なトラブルに対する受託分析も行っており,例えば脱税目的の不正軽油の鑑定,あるいは食品の異物分析による食の安心安全にも大きく貢献されていることが判った。
講演の後は,安全と利便性を第一に設計された最新の施設を各班に分かれて見学させていただいた。廊下からガラス窓を通して実験室を常時見学することができる構造になっており,開かれた試験所であることがわかった。また,廊下は大型装置の搬入を考慮し幅広く設計され,実験室は自然光を取り込み閉鎖的で暗くなりがちな空間を開放的で明るいデザインにしているなど、環境にも配慮した未来設計をしていることがとても印象的であった。
ガスクロマトグラフは分析項目毎に整理整頓されて設置されており,分析後のガスは局所排気口に吸引されて外部に排出するなど安全に配慮した設計であった。また、ドラフトチャンバーは異常といってもいいほど多く設置されており,しかも,それぞれに高精度かつ高速で応答できる可変風量制御装置が接続され,室内に導入される空気量とドラフトから排出される空気量を常にコントロールしてバランスを維持しており,安全性の向上,あるいは実験環境の保護を高い次元で実現していることを感じた。ガスを安全に使用するという視点から,特殊ガスの配管は実験室廊下の天井にあえて露出配管させて,配管経路を視覚化することでメンテナンス等の簡便化を図り,さらに必要に応じて配管の延長も簡単に行うことができるという特徴もあり,常に変化に対応できる試験所を目指していることが伺えた。
3時間におよんだ講演会と見学会は瞬く間に終了し,参加者は非常に有意義な時間を過ごすことができた。最後になりましたが,このようなすばらしい機会をご提供して頂いた,(一社)日本海事検定協会様に心より御礼を申し上げます。
[エア・リキードラボラトリーズ 園部 淳]